2006 年 12 月 のアーカイブ

御礼

2006 年 12 月 31 日 日曜日

今年1年間、大変お世話になりました。また、HPを読んでいただいている皆さん、来年もよろしくお願いします。
安倍政権が誕生して、憲法や教育基本法など、国の根幹にかかわる法律の議論、国家の議論がされるようになりました。これはこれで大変重要なことですし、歓迎すべきことでしょう。20年後、50年後の日本の姿を語れるということは大変幸せでもあります。
一方で、来年度も国の借金が増えることは事実。財政健全化が進んでいますが、「小さな政府」への手を緩めてはなりません。行財政の効率化を一層図らねば、我々は未来の世代への責任を果たすことはできません。国家の根幹を成す法律の議論をしつつ、「改革」を忘れてはなりません。
来年もこのことを忘れず。治安や耐震などの「安全」、年金や医療、そしてその裏づけとなる財政健全化などの「安心」の2つをキーワードにがんばります。どうぞ来年もよろしくお願いします。

片付け

2006 年 12 月 30 日 土曜日

土曜日でさすがにあいさつ回りもできず、事務所や自宅の片付けにいそしむ。
引越し2回を経た自分のダンボール箱を開封したら、記者時代の給与明細やカメラなどが「発掘」された。反省・・・。
夜は今年最後の会合。

終了

2006 年 12 月 29 日 金曜日

今日もあいさつ回り。来年、統一地方選挙があることもあって、今年は行き先で県議さんや市議さんと一緒になることも多い。あいさつ回りも今日で最終日。
総裁選や麻生派の立ち上げでテレビに映る機会が多かったこともあり、先々で「テレビを見たよ」といっていただいた。
その分、地元の皆さんと疎遠になってはしまいかと、非常に心配だ。
夜は忘年会。

遊説2

2006 年 12 月 28 日 木曜日

今日は行徳、浦安地区を遊説。宣伝カーで回る。
結構、手をふってくださる方が多い。やはり、元気になる。
夜は浦安、市川にて忘年会。それぞれごあいさつ。

遊説

2006 年 12 月 27 日 水曜日

朝、市川市の千葉市長さんととともに、国土交通省。外環の話で、道路局長らにお会いする。
昼から地元に。
午後から毎年恒例の宣伝カーでの遊説。市川、八幡地区を周回。
夜、地元事務所のスタッフ忘年会。異常に盛り上がる。

2006 年 12 月 26 日 火曜日

雨の1日。特に午後からはすさまじい土砂降りとなった。電車のダイヤも乱れたが、明日は大変暖かいという天気予報。やっぱり変だ。
本日は東京と地元を行ったりきたり。
昼前に、浦安市の岡本よしのり市議と高洲地域を中心とする皆様が国会見学に。昼食をご一緒する。
午後6時、市川市内の中華料理店。千葉県日華親善協会忘年会。
午後7時、行徳にてお通夜。
都内に戻り、為公会懇親会。

地元

2006 年 12 月 25 日 月曜日

終日、地元回り。
市川中心。
渋滞がひどい。

政府予算

2006 年 12 月 24 日 日曜日

来年度の政府予算案が閣議で決まった。
国の借金である国債の新規発行額は25兆円余り。今年度に比べ、15%の減少となった。財政再建を進めているものの、国債発行額の減少はほとんどが税収の増加によるものだ。そして、減ったとはいえ、新たな借金が増えていることも事実だ。まだまだ歳出削減をして、「小さな政府」を目指さねばならない。
本日も市川、浦安であいさつ回り。
市川市文化会館で開かれている「水声書展」にお邪魔。自治会のもちつき大会も。
市川市内が有馬記念の開催で混雑していると思い、今日は浦安中心。
夜は市川の知人宅でのクリスマスパーティー、忘年会など。

サンマリノ

2006 年 12 月 22 日 金曜日

あいさつ回り。今日は船橋にも足を伸ばす。
午後は江戸川区にも。
夜は都内。サンマリノ大使館主催の忘年会。案内状は「BONEN KAI PARTY」になっていたのはびっくり。ドイツ、イタリア、バチカンなど各国大使も参加。なぜか議員は私1人だった。
記者さんたちと食事をして、麻生大臣に合流。

マニフェスト

2006 年 12 月 21 日 木曜日

午前中は地元であいさつ回り。市川北部や八幡など。
午後から都内へ。
午後2時、議員会館。自民党総合研究所主任研究員来館。来年の研究テーマについて。
終了後、手紙を書いたり、資料整理をしたり。
午後6時、旧グループの最後の忘年会。
終了後、日本青年会議所のマニフェスト型国家創造会議の面々と同窓会。来年の統一地方選のローカルマニフェスト運動などについて、話す。
昨年の衆院選でも政党マニフェストは示されたが、本来は直接公選される首長選挙にこそ、マニフェストはふさわしい。
最近はマニフェストの名を語って、財源や期限を示していない「マニフェストもどき」が散見され、嘆かわしいという話にもなった。