活動報告

1年生議員のブラジル訪問記

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◆なぜ、ブラジルへ

 2006年5月、ゴールデンウイーク中を利用して、私を含む衆議院議員5人、自民党総合研究所の研究員7人で、ブラジルを訪問した。マスコミでいうところのいわゆる外遊である(遊びに行くわけではないのにね)。2泊6日という強行軍ではあったが、非常に良い訪問になった。
 「1年生議員で外国か」という声もあるだろうが、「誇りある国、夢のある国」を至上命題とする私にとって、きちんとした、毅然とした外交は命題実現のための大きな手段でもある。外交、防衛という分野に限っては、地方ではなく、国に全権が課せられた責務であり、国会議員として、形はどうあれ、関わることが責任であろう。議員外交ではあるが、外国を訪問し、様々な人と会うことで、一刻も早く外交の現場を経験したいという想いが強かった。
 私のブラジル訪問の目的は大きく言って3つあった。1つは、環境に非常に優しいとされるエネルギー「エタノール」の先進技術を学ぶこと。ブラジルでは、エタノール車が当たり前のように町を走っている。co2の削減が世界的な命題となっている現在、エタノールの日本への導入の可否を探る目的だ。
 2つ目は、デジタルテレビである。ブラジルがデジタルテレビの導入を控え、主に日本、欧州が自前の方式を導入しようと争奪戦を繰り広げている。もちろん、我が方としては日本方式を導入してもらいたい。そのために、議員さんや工業会の人たちに会い、活動を約束してもらうことだ。
 3つ目は交流拡大である。2008年には日本からブラジルへの移民が開始されて100周年となる。この記念の年に政府だけではなく、民間や議員レベルの交流を活発化させ、両国間の問題解決に役立てようということである。ちなみに、日系を中心とする在日ブラジル人の数は年々増加している。多くは真面目に働いているが、悲しいことに犯罪も増えている。外国人犯罪のno2を占めているのである。この対応を求めることだ。


◆出発

 5月1日。快晴。成田空港へ。空港で携帯電話を借り、機内へ。午前11時過ぎ、全日空機でワシントンへ向かう。テレビはついている、映画も見られるし、ゲームも出来る。素晴らしい。
 ちなみに座席はエコノミー。帰国して一番多くの人に聞かれたのが、ブラジルの話よりも、「やっぱりファーストクラスなんでしょ?」ということだった。違います。全部エコノミーで回りました。
 隣の席がクレーマーともいえる外国人男性。なぜか日本語で、「電話が通じない」「全日空は昔から電話のつながりが悪い」「改善するという証明をしろ」などと延々とやっている。それも、何回も同じようなことをやっている常習者らしい。こういう輩は乗せなければいいのにと思いつつ、丁寧に対応している乗務員に敬服しつつ、ワシントン。
 着いたのは出発と同じ5月1日午前11時。初めてのワシントンは、ホワイトハウスもそうだし、議事堂もそうだが、緑の多さに驚いた。夜、ワシントンを発って、サンパウロに向かう。機中にて少し眠る。ちなみに、子供時代は神経質だったそうだが、記者時代にはどこでも寝られるようになった。これも財産だと思う。


◆サンパウロにて

 5月2日朝、少し遅れてサンパウロに着く。ところが、待てども待てども荷物が出てこないハプニング。航空会社に連絡して、探してもらう。同じように荷物が出てこない乗客が約5人。こんなところも外国だなあと思っていたら、飛行機がワシントン発、サンパウロ経由、リオデジャネイロ行きの便。危うく荷物だけリオに行ってしまうところだったが、何とか探してくれた。
 車でトヨタの工場へ。工場の幹部の皆さんと昼食。現地の日本勢の現状について説明を受ける。エタノール自動車が普及しており、なかなか苦しい現実のようだ。シェアが3・6パーセントだという。エタノールエンジンや、フレックスエンジン(エタノールでもガソリンでも走る車で、どのような割合で2つを混ぜても大丈夫というエンジン)を研究中だそうで、日本でも実現する日がきそうだ。
 見学後、車で市内中心部へ。市内ホテルにて現地マスコミの記者会見。訪問の目的などを語る。
 夕食は市内のブラジル料理店。ブラジル北部のマナウスから、アマゾナス日系商工会議所の山岸会頭が駆けつけてくださり、意見交換をしながらの夕食。鉱物を含めた天然資源が世界一といわれている同地で、約2割が日系企業であるという。フリーゾーン(日本でいうところの特区)の話は非常に参考になった。


◆ブラジリア

 2日夜9時過ぎの飛行機でブラジリアへ。国内線は遅れるのが当たり前だそうだ。深夜にホテル着。この旅で初めて、ベッドで眠る。熟睡。
 3日、旅のメインとも言える1日。ブラジリアは首都として荒野ともいえる場所に作られた町であり、非常に人工的。だが美しい。


◆伯日議員連盟

 午前10時から伯日議員連盟の議員さんと会談。デルガド会長代行、タカヤマ議員、マホス議員ら。タカヤマ議員は両親が日本人。昨年はルーラ大統領とともに、訪日されている。意見交換の中で、デルガド会長代行からデジタルテレビ、農業分野などに言及があり、特にデジタルテレビについては、「ブラジルの現状に合致する」として、日本方式を支持してくれるという、大変心強い発言があった。
 当方からは、日本方式支持へのお礼を述べるとともに、エタノールに関する供給不安の問題、100周年のイベント、さらに、中東への依存度が高すぎるエネルギーについて、リスク分散のためにも、ブラジルがほぼ自給を達成している原油について、海底油田に関する技術に関心があることを申し添えた。
 その後、国会内を見学。開会中の本会議場で、我々が紹介された。討論をしている議員さんがいたのだが、この辺りはなんともおおらかである。


◆農務次官

 午前11時半に農務省へ。ピント農務次官と会談。エタノールを含むバイオエネルギーの増産にあたっては、アマゾンを含む環境の保護を図りながら進めて欲しい旨を申し上げる。次官から環境を守ることは政府方針であることに加え、エタノール利用にあたって、日本とブラジルだけでなく、ブラジルの技術を利用して、インドネシアやタイなどの東南アジア諸国を巻き込んで、増産を図ってはどうだろうかという提案があった。
 ブラジルの技術協力で東南アジアで生産が可能となれば、地理的にも近い。非常に魅力的な提案であり、検討を約束した。
 余談ではあるが、こうした会談などの際、日本ではだいたいお茶が出てくるが、ブラジルでは水とコーヒーが出てくる。これもお国柄だろう。


◆下院第一副議長

 昼食を挟み、ノノ下院第一副議長と会談。副議長から、日本に出稼ぎにきているブラジル人の社会保障、子供の教育について、協力要請がある。また、化石燃料をバイオエネルギーに切り替える時には、ブラジルの技術が必要だと申し上げ、森林保護を含め、環境分野でのブラジルの活躍に期待していることを申し上げた。
 午後4時、レベロ下院議長表敬訪問。


◆大統領特別補佐官

 そのまま大統領府に移動し、ガルシア大統領特別補佐官と会談。補佐官はルーラ政権下で、最初に日本を訪問した要人である。エネルギー問題、国連改革での協力について、意見交換。また、デジタルテレビについては、補佐官からも日本方式の導入で、ブラジルは技術を吸収したいという前向きな発言があった。
 補佐官から通信における日本の技術協力、半導体投資について、日本に期待しているとの発言。
 さらに、ブラジルにとって、アジア関係は日本との関係である旨の発言と、在日ブラジル人の社会保障に対する要請があった。デジタルテレビについては、日本から持参したワンセグのデモを行い、大変な興味を示していただいた。結果、非常に実りの多い会談となった。
 特に国連改革については、常任理事国入りに向けて、途切れることなく努力を続けていくことが重要であるとの認識で一致した。


◆開発商工省

 開発商工省に移動し、エタノール担当のメロ生産振興長官と会談。少々、疲れ気味だが、そんなことは言っていられない。当方から貧困救済のために、焼き畑などのアマゾン開発は慎むべきとのお願い。長官より、環境問題はブラジルでも関心が高いとのお話。生産性向上への技術協力を申し上げる。
 市内のブラジル料理店で夕食。サトウキビから作った焼酎を試飲。ホテルに帰り、議員と総研メンバー数人とでいろいろな話をしながら、飲む。ホテル泊。翌日(5月4日)早朝、ホテルを出発し、空港へ。ブラジリアを発ち、リオデジャネイロに向かう。


◆リオデジャネイロ

 5月4日午前10時前、リオデジャネイロ着。円借款のプロジェクト(下水処理場)視察。これまでは何百万人もの下水を湾にそのまま垂れ流していたそうだ。
 午後、ペトロブラス社訪問。原油、エタノール供給に関する最大の企業。エタノール供給や、海底油田の開発技術などに関して意見交換。
 夕刻、リオ州工業連盟へ。ここでもデジタルテレビの日本方式導入や日本からの技術協力などの話をする。
 夜の飛行機でサンパウロへ。そのままニューヨーク行きの便に乗り換える。5月5日午前0時発の飛行機。


◆帰路

 5月5日午前、ニューヨークのjfk空港着。空港内で休む。昼の便で成田へ。5月6日夕刻成田に到着。お疲れ様となった。


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