活動報告

中国公式訪問記 2006年7月

 2006年7月、中馬弘毅行革担当相と中国を公式訪問する機会をいただいた。政令経熱と言われる昨今の日中関係。関係改善が声高に叫ばれている。それはその通りであるが、日本には日本の国益があり、中国は中国の国益がある以上、隣国であれば、摩擦を全て避けることは出来ない。
 靖国問題で日中間の首脳交流は、途絶えているとされているが、これは異常な事態である。1つの問題にこだわり、大局を見失っているのは、中国ではないかという思いもある。また、靖国だけではなく、ガス田など他にも様々な摩擦要因を抱えている。
 私の持論は、「外交の基本は人と人」である。両国関係がどのような状況になろうとも、きちんと議論を戦わせ、話しあえる相手がいれば、最悪の状況になることは避けられるであろうし、打開策も探ることができるはずだ。初の中国訪問となったこの旅の目的は、お互いの主張をぶつけ合うことのできる相手を探すこと。つまり、人探しの旅でもあった。
 訪問したのは、北朝鮮のミサイル騒動の最中。中国の対応が非常に注目されていた時期だった。


<7月11日>

 昼過ぎ、成田空港から上海へと出発した。夕刻着。上海空港の滑走路は4000メートルが2本。上海万博に向けて、3本目を整備中だそうだ。とにかく広い。この空港整備には、日本のodaが投入されている。
 上海中日友好協会主催の夕食会兼意見交換会。二次会に市内に向かう。歌手の生ライブを聞きながら、ビールグラスを傾けるという新しい中国を感じさせる店。これには驚いた。
 ここで、李さんという若い政府主任(政治家)と激論。中国でも、政治家は国の代表の側面と地方の代表という2つの顔を持っていること。政治家のわいろと汚職などが、問題になっていることなどを話す。特に国と地方、それに各団体の利益が対立することは、ままあるという話は新鮮であった。
 日本と違い、党と行政は一体化している。にもかかわらず、こうした対立を内包しているということは、新たな発見であった。まだ40歳ぐらいで、中国でもこうした若い世代の政治家が、問題意識をきちんともっている。
 この李さんという政治家とは、認識を共有できる部分も大きくあった。末永いおつきあいを約束し、解散。上海泊。


<7月12日>

 朝、上海市万博事務局。鐘さんという副主任(no2)と会談。インフラや廃棄物の処理などが大きなテーマだということだった。私からは、反日デモの件もあって、日本人の上海に対するイメージは決して良くないということを指摘した。私自身もそうだ。観光客を誘致したいならば、そうした面も何か考えられたほうが良いということを申し上げた。
 鐘さんによると、愛知万博が勉強の場になったということだ。また、再開発にあたり、李鴻章が作った造船所などの歴史建造物を残す努力をしているという話も伺う。後の話だが、この鐘さんは、万博準備の実行部隊のキーマンで、大変な能力の持ち主だそうだ。心の中で、上海のライスさん(米国国務長官)と、あだ名をつけさせてもらった。(言い過ぎかな)
 続いて、上海市の第一副市長と会談。上海事情の中国側の説明を聞いた感じで、あまり印象に残らなかった。
 昼食は地元の日系企業の皆様を交えて、苦労話などを聞く。一番おもしろかったのは、「無問題は大問題」であるということ。いろいろな件で、「大丈夫か」と問い合わせると、「問題ない」という言葉が返ってきたときほど、問題があるらしい。「私自身の担当しているところは問題ないが、それを超えた範疇は知らないよ」というニュアンスだそうだ。これも国民性か。
 だから、こちらの日系企業の皆さんは、「問題ないよ」という返事が返ってきたときには、ものすごく危機感を抱くそうだ。戦乱の時代が歴史の3分の1を占める中国では、いかに自分の身を守るかという個人主義が徹底している。そのために、私に責任はないということを主張したいのだそうだ。日本は組織主義で、信用や約束を大切にするが、中国人は都合が悪くなるとすぐに没にしてしまうという。
 午後、上海から北京へ飛ぶ。北京五輪の開催を控え、工事だらけ。空気が汚い。これが第一印象だ。環境問題は本当に何とかしなければならない。
 夜、中国大使との意見交換。政治家たちの人脈などを聞く。


<7月13日>

 朝、人民大会堂にて、共産党青年団の第一書記(トップ)の周強氏と会談。共産党青年団は、胡錦濤国家主席の出身母体で、胡人脈につながっている。そのまま昼食会。私は、「これからの我々の世代は、客観的な歴史に立って、新時代の日中関係を築いていかねばならない」とあいさつ申し上げる。
 北京では水不足が大きな問題になりつつあるそうだ。北京五輪を控えて、大量の選手団、観光客を引き受けるのであろうが、どうするのだろう。また、エネルギー、環境面での議論もした。水資源を含むエネルギー、環境問題については、かなりの危機感をもっていることが、感じられた。
 私からは、特に知的財産権について、中国の対応に懸念を持っている旨を申し上げた。返答は、「今、非常に力を入れていて、努力をしている」ということだった。「海賊版といえば、中国」といわれないように、しっかりとやってもらいたい。
 その後、環境保全センター、友好病院を視察、説明を受ける。中国の環境問題は黄砂をはじめとして、日本にとっても影響が大きい。中国だけの問題ではないということをしっかり認識してもらわねばならない。
 友好病院はsarsの時に基幹病院となった。技術もさることながら、驚いた点が2つあった。1つ目は医者の指名制である。受付に各診療科の医者の経歴、顔写真、得意分野が張り出されており、患者が医師を指名する。医師によって、料金も違う。金をたくさん払えば、腕のいい医師に診てもらえるということだ。共産主義の面影はどこにもなく、完全な資本主義である。
 2つ目は漢方。がん患者を治療するのに、手術や放射線医療といった西洋医学に加え、漢方を併用している。当然、患者によって、種類も量も違うそうだ。
 夜、宋健・中日友好協会会長と会談。晩餐会。
 席上、「日本の国益、中国の国益、それを議論しあって、そのうえに、日中友好がある」と申し上げる。片方の国益だけを追求するのは、友好ではなくて、従属である。
 袁さんという若い副秘書長と大変親しくなり、議論。ロケット技術、歴史など。特に歴史については、お互いの言い分があるが、何が事実なのかを検証していかねばならないということで一致する。彼もまだ若く、私より少し上の年齢だ。にもかかわらず、北京での要人との会談には、必ず同席していた。いわゆるやり手なのであろう。


<7月14日>

 朝、張人事部長(閣僚級)と会談。中国、日本の公務員制度について、意見交換。中国では公務員に人事評価制度があり、1、倫理、道徳 2、能力 3、勤勉さ、態度 4、実績 5、汚職、腐敗の5項目で評価される。優秀、適格、基本的に適格、不適格の4段階評価で、2年連続不適格だと失職するそうだ。
 また、昔は年功序列、上司の指名などにより、昇進していったそうだが、現在は競争昇進制度が導入されているそうだ。昨日の部下が明日の上司ということも良くあるそうだ。日本の公務員制度を考えるうえでも、非常に参考になった。
 さらに、有能な人材の流出が問題になっているという。特に商務部(貿易などを担当する)の官僚は、人間関係を築き、能力を身につけ、外国の企業に高い給料で引き抜かれることが多々あるそうだ。引き止める方法は、と伺ったら、「教育と信頼関係を作ることしかない」という。苦労しているようだった。
 夕方から唐家セン氏と会談する予定だったが、急遽延期。北朝鮮の国連決議の関係で、急遽、会議が入ったとのこと。
 夜、尚・科学技術部副部長との会談、夕食。やはりここでも、エネルギー問題。大変なことになりつつあるという。水問題はかなり深刻なようで、ここでも様々な話があった。水の汚染や浪費はすさまじいスピードで進行しており、汚水のクリーン化に特に力を入れたいという。
 また、街づくりの関係では、一気に開発が進んだ結果、都市の個性が失われてしまったという問題を抱えているという。さらに、山東省にitパークを建設中だそうで、日系企業の投資、進出に対する要望があった。知的財産権を意識してか、「法律事務所も入れる」という発言もあった。


<7月15日>

 朝、唐家セン国務委員との朝食会。日中関係、北朝鮮について。特に北朝鮮については、北朝鮮を訪問していた訪問団が昼に金正日総書記のメッセージを携えて帰ってくるという。これは日本でもニュースになった。
 日中関係については、表舞台だけではなく、昔は水面下で様々な調整を行う人物がいたが、現在はそれが薄れてしまっていることなどの話があった。
 唐氏は、「北朝鮮に対する国連決議の日本案は受け入れられない」と表明。「特に7章は、最後に軍事力行使を前提としたものであるので、受け入れられない」とのことだ。
 これに対し、中馬大臣は、「7章どうこうではなく、日本には拉致問題がある」旨を言及。「中国として、北朝鮮に自制させるべきではないか」との指摘をした。
 唐氏から、「日本国民の感情は痛いほど分かるということ、北朝鮮をかばうつもりは毛頭ない」という話があった。また、「歴史と台湾の問題により、両国関係が影響されている。問題となっているポイントは、皆さんがよくご存知のはずだ。このような状況が続くことを目にしたくない。関係改善への努力をしたい」という指摘があった。
 これに対し、靖国神社の問題が国民の間で、理解され始めていることに加え、a級戦犯とされる方々や別の追悼施設を作るなどということは、国民の合意を得られないであろうこと。戦後に靖国神社を米軍から残すため、1宗教法人にしてしまったことに問題があると考えていることを述べる。
 そのうえで、「靖国が歴史的な建造物であることは事実であること。国のために命を捧げた方々を祭る施設という厳然とした事実がある」ということを申し上げる。
 いずれにしても、捻じ曲げられた歴史ではなく、客観的な事実に基づく、正しい歴史を日中双方の国民が学んでいかねばならない。
 終了後、ホテルに戻り、空港へ。途中で北京日本人学校があったので、見学に。鉄条網が張り巡らされ、物々しい雰囲気であった。塀は徐々に高くされていったという。中でサッカーをしている子供たちの無邪気な表情と、警備の大人の顔が対照的であったことが印象的だった。
 向かう途中で、この訪問で非常にお世話になった中日友好協会の許氏、程氏を交え会食。謝辞を述べる。
 帰国
 外交の基本となる人との関係を作るという意味では、次代の中国を担うであろう人たちともお会いできたことは、非常にプラスであった。今後ともこの関係を大切にしつつ、わが国の国益にかなう様な政治活動を行っていきたい。末筆ながら、この機会を与えてくださった中馬大臣に心から感謝申し上げ、訪問記としたい。


一覧に戻る